江國香織、井上荒野が考える、名作『100万回生きたねこ』と作者・佐野洋子とは。『100万分の1回のねこ』刊行記念トークショー

2015.9.15 (火) 17:04

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『100万分の1回のねこ』

1977年に刊行され、200万部を超えるベストセラーとして、現在も版を重ねる佐野洋子氏の絵本『100万回生きたねこ』。この作品に捧げるべく、人気作家13人たちによる短編小説や詩のトリビュートアンソロジー『100万分の1回のねこ』(講談社)が2015年7月16日に刊行された。

「代官山 蔦屋書店」(東京・猿楽町)ではこれを記念し、井上荒野江國香織両氏によるミニトーク&サイン会が行われた。聞き手に、編集者・刈谷政則氏をむかえ、このアンソロジーが出来るまでの経緯や、他作家の作品に対する感想、故人・佐野洋子氏との思い出まで、50分という限られた時間のなかでさまざまなことが語られた。


これは、「作文ゲーム」に似ている

井上荒野氏

刈谷政則氏(以下、刈谷):最初に、この企画の成り立ちを説明しますね。この企画の発案者は、広瀬弦さんという佐野洋子さんのご子息なんです。この息子さんと谷川俊太郎さんと私と3人で飲んでいて、彼が言い出したんです。それですぐに、「面白い!」「すばらしい企画だ」「乗った!」となって、まず「100万回生きた猫」を出版した講談社に「小説現代」に載っけてくれというお願いをしました。それで、色々な方に依頼を出して、何を書いてもいいんだけど、「100万回生きたねこ」のトラ猫を少しでも良いから出して欲しいというお願いをしたんです。……してないか?

江國香織氏(以下、江國):してない。

井上荒野氏(以下、井上):してない、してないですよね(笑)。

刈谷:もちろんもちろん、本当はしたんですよ、

江國:いや、してない。

刈谷:……まあ、いいや(笑)。どうですか、この企画を初めて聞いた時どう思われましたか? 書くのは大変でしたか?

江國:面白いと、初めて聞いたときには思いましたね。書き始めてからはすごく楽しかったんですけれど、やっぱり大変でした。何しろ元の絵本が非常に完成されたものなので、少し愛があふれすぎちゃって。何かこう、手出しできない感じというか……。

井上:うんうん、手出しできない感がありましたね。すでに完成されているからね。

江國:だからあまり寄り添ってしまいたくないし、距離の取り方がすごく難しかったです。

井上:そう。私はいつもこの話をするんだけど、「作文ゲーム」に似ているよね。

江國:はい、そうですね。「作文ゲーム」っていうのを、私とか荒野さん、刈谷さんも仲良しでお酒の席でよくやるんですけど……。説明して(笑)。

井上:「作文ゲーム」っていうのは、8人とか10人くらいでやるんです。まず親をひとり決めて、例えば「夏」とか、それから「猫」とか、だいたいお酒の席でやるのでもうちょっと変なものもありますが、親がお題を決めます。それで、そのお題で皆が短文を書くんですね。一行くらいでいいんですけど、その短文に自分の名前を添えて、親が集める。親はそれを、名前を呼ばないで文章だけを読み上げる。そしてその文章から、誰が書いたかをみんなで当てるというゲームで。だから、気の利いたことを書きたいけれど、当てられてはいけない。

江國:すごく馬鹿馬鹿しいけれど、へたくそだったり、平凡だったり、当たり障りがなく、誰が書いたかわからなくしたいけれど、ちょっともうちょっと気の利いたことを書きたい、という所があのゲームの醍醐味(笑)。

井上:小説家は皆に文体を知られているので、なるべくそこから離れて、人の真似をするとか。よく、江國の真似をした荒野とか、その逆とか、そういうのがあるんですね。……すごく長くなってしまったけれど、それに似ているよね。元の本に書かれていることがすごくわかるけれど、あんまりそれに寄り添っちゃうと負けた感があるというか。

江國:寄り添ったら負けですね、確かに。寄り添ったら負けだし、企画の時点で何人もの人が書くっていうのもわかっていたので、勝ち負けではもちろんないんですけど、その時に負けたくない感が、こう……。

井上:ありますよね、負けたくない感が。自分がだれよりもすごくいいものを書きたいっていうのが。

江國、井上、それぞれの巧妙さ

江國香織氏

刈谷:収録順は、あいうえお順ではなくて「小説現代」に発表した順番にしています。江國さんの作品には猫がちゃんと出てきます。でも実は、江國さんは実に巧妙で、佐野洋子さんの書いた作品のエッセイだったり、絵本だったりのタイトルを作品のなかに混ぜている。

井上:そうなんだ! それは気がつかなかった。

刈谷:「さかな1ぴきなまのまま」だとか。

井上:そうかそうかそうか!

江國:あれはたぶん、あんまり人はわかんないと思う。

井上:でもわからないから良いんだよね。

江國:佐野さんが読んでくださったら、まあ当たり前だけどわかるからいいかなと思って。

井上:やっぱりちょっと違和感というか、覚えているね。「さかな1ぴきなまのまま」だとか。不思議な言い方というか、そういうのがそうだったんだね。すごいね、カッコイイね。そういうことしていたんだね。

刈谷:巧妙でしょ? で、荒野さんのはちゃんとあの絵本のトラ猫が出てくる。しかも、おばあちゃんが出てきて「あら、私が前に飼っていた猫」と言う。

江國:そういうのを巧妙っていうんだと思います。でも、みんなそれぞれあるよね。読んでビックリしたね。

井上:びっくりしたね。自由だなーって。でもあの自由さは、皆あんな風に自由なことをしているのは、佐野さんが喜びそうな感じだよね。

江國:確かに、従順よりは自由のほうが喜んでくださるかも知れないね。

刈谷:皆さんのお読みになりましたよね。誰の作品が一番面白かった?……なんて質問はしませんが。

江國:してくださっても、答えませんよ(笑)。

刈谷政則氏

刈谷:本当に、実にみなさんバラバラというか。

井上:でも絶対、バラバラの方が面白いよね。皆が皆従順に、あまりにもトリビュートしたものをやると……。

江國:うん、つまらない。

井上:つまらないよね。

刈谷:他の方の作品を読んで、「えっ!」っていうような感想はありますか?

井上:私は、川上弘美さんのが電脳の話だったじゃないですか。あれこそが巧妙だと思った。川上さんが電脳を書く、という意外性を多分ご本人もわかっていると思うので、本当あれにはびっくりしました。

江國:私は、びっくりしたといえばやっぱり町田(康)さんかな。まあ、そもそもパンク侍だからね。岩瀬さんのが「竹」っていうのが、なんかシンプルさっていうのにグッときました。

佐野洋子は、どんな人物だった?

『100万回生きたねこ』

刈谷:佐野洋子さんはお会したことあるよね?

江國:はい。刈谷さんはすごく親しかったんですよね。

井上:私はないですね。どんな方でしたか、佐野さんは?

江國:佐野さんはすごく格好良い方でしたね。最初にお会いしたのは、本屋でアルバイトをしていた時。その本屋は「童話屋」という本も作っている児童書専門の本屋で、童話の著者である佐野洋子さんとしてお会いする機会がありました。その時は近寄りがたい感じだったですね。私はただのアルバイト店員ですし、向こうは先生ですし、格好良すぎて。そうそう、それでその本屋にいた先輩店員が、佐野さんの当時の部屋を借りて住むことになったんです。お家は一軒家だったんですけど、たぶん谷川さん家に引っ越したからなんでしょうね。まだご結婚される前だったけれど、谷川さん家に行っちゃったので、犬もいたからその犬の世話もあって、先輩がそこを借りていました。

そこに何度か遊びに行っていたんですが、ある時佐野さんがふらっと帰ってきて、そこで初めてゆっくりコーヒーを飲んで話をしました。そしたら、それまでの近寄りがたい感じではなく、すごくいい意味で“子どもっぽい”人で。当時どちらも独身でボーイフレンドや好きな人がいるっていう話をしたら、「それで?それで?」って(笑)。

刈谷:それ、想像つくなあ。

江國:その後、お仕事で何度かお会いしたときは、谷川さんの妻だった時代だったから、またとても違う顔をされていましたね。お着物で、今思うと、いかにもな妻ごっこしていたんだなって。その時々で印象がちょっとずつ違うけれど、常に格好いい、楽しい人でした。


50分という短い時間にも関わらず、「100万回生きたねこ」というベストセラー絵本や作家・佐野洋子氏への印象が、江國香織氏、井上荒野氏という女性作家たちによって大胆に刷新されていく様子が面白かった。「100万回生きたねこ」を『100万分の1回のねこ』とともにもう一度読み直してみると、また違った印象を与えてくれそうだ。

(文:岸田祐佳)

井上荒野 (いのうえ あれの)
1961年東京都生まれ。1989年「わたしのヌレエフ」でフェミナ賞、2004年「潤一」で島清恋愛文学賞、2008年「切羽へ」で直木賞、2011年「そこへ行くな」で中央公論文芸賞を受賞。著書多数。

江國香織 (えくに かおり)
1964年東京都生まれ。1992年「きらきらひかる」で紫式部文学賞、2004年「号泣する準備はできていた」で直木賞、2012年「犬とハモニカ」で川端康成文学賞受賞。ほかにも著書多数。


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