松浦弥太郎が「すべて捨てて、一からやり直さないと無理だと思った」。50歳を目前に再スタートを切った現在地とは?

2015.11.9 (月) 15:10

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松浦弥太郎 氏

松浦弥太郎 氏

今年4月1日に飛び込んできた「松浦弥太郎クックパッドへ移籍」というビッグニュースはあらゆる業界に衝撃を与えた。その動向に注目が集まるなか、同年7月に「基本の発見」をコンセプトとした暮らしに役立つウェブメディア「くらしのきほん」をオープン。新刊『松浦弥太郎の男の一流品カタログ』(マガジンハウス刊)でもその想いが書かれているが、サイトローンチから約半年が経った今、松浦氏の現在地について話を聞いた。

※2016年12月に退職し、新たなステージへ
松浦弥太郎「結局、僕は何ひとつ成功していない」。「くらしのきほん」や新メディアで目指すもの ―新刊『「自分らしさ」はいらない』出版記念インタビュー

暮らしというテーマのメディアで一番になる

――異業界へ移籍して、生活やものとの付き合い方などに変化はありましたか?

松浦:基本的には生活スタイルは変わらないですね。淡々と、同じ時間に寝起きして、同じ時間に食事して、同じ時間に仕事しています。8時前には出社して、定時の18時30分まで仕事をして帰る、という感じです。自分に与えられた仕事の責任を果たすために、ぼんやりしたり、間違って意思決定するとか、鈍感だったりするのは、給料をもらっている立場としてはそうありたくないし、そうあったらすごく無責任だと思うんです。契約している報酬の何倍もの成果を出して。貢献をするように心がけています。

――「くらしのきほん」というメディアの立ち上げは、入社前から決まっていたんですか?

松浦:決まってないです。ただ、手ぶらで(新しい会社に)入社したくなかったので、こういうものがクックパッドにあったらいいなと思うコンテンツやサービスをたくさん考えて、それを持って入社しました。入社後、社長に「どうしましょうか」と言ったら、「最初からメディアを作ったらいいんじゃないですか?」と言われたんですよ。それでそれもいいなと思ったんです。

くらしのきほん

「くらしのきほん」トップページ

くらしのきほん

「くらしのきほん」トップページ

くらしのきほん

「くらしのきほん」トップページ

――なぜメディアのテーマを“きほん”にしたのですか?

松浦:自分ができることの中で、世の中の人が喜んでもらえたり、信用してもらえたり、少しいいなと思ってくれるものは何かと考えたときに、自分にとっては「暮らしの基本」だったんです。なぜかというと、僕がすごくオタクになっていることって、そこだから。人に真似できないことをしないと仕事ってつまらないじゃないですか。それがたまたま、僕にとっては、暮らしに関わる基本とかベーシックの深掘りが、暮しの手帖時代から、ライフワークとしてずっとやっていることだったんです。あとは、一番になれると思っていることだから、それをやろうと思った。一番になりたいんです。一番になれないと思ったら辞めますね。今やっていることも、暮らしというテーマのメディアとしては一番になれると信じています。

20歳ほど年下の同期や同僚にはかなわない

調理風景

「くらしのきほん」プロフィールページより

――日々気付きがある中で、仕事をしている上で特に最近気付かされたことは?

松浦:たくさんありますが、一緒に働いているスタッフは僕より20歳くらい年下ばかりなんですよね。現代社会で、どうやったら人々が幸せになれるんだろう、暮らしに笑顔が増えるんだろう、もっと料理がうまくなるんだろうとか、20代後半くらいの年齢の子たちがこんなに真剣に考えているんだということにびっくりしました。僕よりも、方法の選択肢をたくさん持っているなかで、それをどうやったらわかりやすく、使いやすく、気持ちよく、楽しく使えるかを頭からけむりが出るくらい考えているわけですよ。その姿を見たら、自分が今までどれだけなまけてきたかを思い知らされましたね。49歳になって気付くのは遅かったなと思います。その中に自分は混ぜてもらっているというのはすごくありがたいし、本当に感謝していますし、いい出会いだと思います。もうすぐ50歳になりますけど、ここからの10年、現場の人間として必死にがんばれるように健康管理をしながら、いろいろな感度を研ぎ澄まして、素直な気持ちを持ち続けられるようにがんばるしかないと思っています。でも、僕にとってそれは楽しいし、うれしいことですよね。

――若いスタッフとのコミュニケーションは順調でしたか?

松浦:最初は怖かったですよね。だって僕はIT業界については無知じゃないですか。コードは読めないし、共通言語もわからない。何もかもが違うから自分がおろおろするのが目に見えているわけで、少なからず眠れない日が続きましたよ。だから、一生懸命みんなとコミュニケーションとって、自分から積極的にミーティングを開催したり、勉強会に参加したりしています。49歳のおじさんは仲間はずれにされないように必死ですよ(笑)。今でもそういう不安感はありますけど、知らないことが不安にさせているから、わかってくると、少しずつその不安感は減ってきますよね。暮らしをテーマとしたメディアで一番になるというのが僕の決意だし、いまのところは諦めずにやっていくつもりでいます。

エンジニアの世界は日進月歩ですけど、エディターの世界は衰えていく一方。だから本当に、彼らのクオリティに自分のコンテンツ力がふさわしいかはすごく考えさせられます。だから、こういう技術にはどういうコンテンツを考えるべきなのか、どういうテキストを書いてどう表現するかを死ぬほど考えないと、ウェブメディアというものがつまらないものになりかねない。がっかりコンテンツやがっかりテキストを流したくないんです。だから、がんばりどころでもありますよね。雑誌でやっていることをそのまま似たようなことをウェブサイトでやったって、だめだと思う。ぜんぜん違う角度で物事を考えてコンテンツを作っていかないとだめですよね。

――その切り替えはすぐにできましたか?

松浦:そういう感受性には小さい頃から長けているので、すぐにわかりました。だから、すごく自信を失いましたね。自分が今までやってきたことが役に立つと思って入ってきたんだけど、役に立たないと思った。だからすべて捨てて、一からやり直さないと無理だと思いました。だから、自分は結構大変なんです。少し前まで、なんでもできる人だったんですけど、いまはなんにもできない人になっちゃっているから、毎日アワアワしています。いかに自分がフィーリングだけで仕事をしてきたかということを思い知らされましたね。それもそれで経験だからよかったんだろうけど、ここから先はそういう無駄なことはしたくないなと思う。大変だけど楽しいですね。だって毎日ドキドキしているから(笑)。自分の底なんてすぐにみんなに見破られるし、何ができて何ができないのかもすぐに見破られるから、ごまかしがきかない。結局自分には、そのごまかしのきかない世界が気持ちいいんです。今まで、いかに自分がフィーリングとセンスだけでごまかしてきたか(笑)。出版業界からきた人もここまでできるんだということを見せつけたいし、世の中に一例として伝えたい。自分ではまだ伸びしろがあると感じているから大丈夫だと思います。

くらしのきほん

「くらしのきほん」記事一例

くらしのきほん

「くらしのきほん」記事一例

くらしのきほん

「くらしのきほん」記事一例

「くらしのきほん」はまだプロトタイプ。やりたいことはたくさんある

――これからの展望を教えてください。

松浦:やりたいことがたくさんあるんですよ。僕はせっかちだから、本当は次から次へとやりたいんだけど、ユーザーに浸透する前に次々とやるわけにはいかないから、結構おさえているんです。基本的には、コンテンツを一方通行で投げているだけではなく、ユーザーが「くらしのきほん」というメディアに入ってこられるサービスにしたいと思っています。だから、まだプロトタイプという感じです。こんなに自分が休む暇なく考えて手を動かすとは思わなかったけど、メディアにいながら個人の活動もあるし「COW BOOKS」もあるから、時代や世の中を見ながら最適なことをやっていこうと思っています。

――50歳を目前にして、日々学びを感じているのはとても幸せなことですね。

松浦:幸せですね。僕は偉くなりたくないし、肩書きもほしくない。そういうタイプだから、1年生というのが一番いいんです。ただ、年をとってくると、一番下っ端にいるのってなかなか難しいんです。だから、自分の環境を変えるしかないんですよ。年齢が上になってくるとみんなより倍やらないといけないから大変ですけど、その大変さも楽しんでいます。

(文:岡崎咲子)

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松浦弥太郎(まつうら・やたろう)

松浦弥太郎(まつうら・やたろう)

1965年、東京生まれ。文筆家、『COW BOOKS』代表。雑誌『暮しの手帖』編集長を長く務めたあと、2015年春よりクック・パッドに移籍。著書に、『[よりぬき]あたらしいあたりまえ。BEST101』(PHP研究所)、『正直』(河出書房新社)、『100の基本 松浦弥太郎のベーシックノート』『くいしんぼう』『松浦弥太郎の「男の一流品カタログ」』(以上マガジンハウス)など。

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