「守るだけではなく、生き抜く“菓子道”を見つけたい」。国境を越えた「一幸庵」店主・水上力氏の挑戦とは?

2016.1.21 (木) 18:04

シェア
水上力さん

水上力さん

店頭

2015年11月に、『IKKOAN』という本が出版された。これは72個の和菓子を美しい写真と日英仏の3カ国語で綴ったアートブックのような一冊で、早くも話題を呼んでいる。

季節を大切にする日本独特の暦と感性、そして和菓子の底力を見事に表現したのは、「一幸庵」の店主、和菓子職人の水上 力さん。大手チョコレートメーカー「ヴァローナ」やパティシエたちとの国内外でのプロジェクトを通じて、海外でも名を馳せる和菓子界のイノベーターだ。


京菓子を東京へ、和菓子を世界へ。その始まりは、サムライ魂だった

東京・茗荷谷から徒歩5分の場所に店を構える和菓子店「一幸庵」。来年、創業40周年を迎えるこの店の店主、水上力さんは、和菓子屋の四男として生まれた。

「兄が3人とも和菓子の世界に入っていたので、後を継ぐのではなく、自分の菓子を作ろうと心に決めました」と、水上さん。大学を卒業して、京都の老舗和菓子店で2年の丁稚奉公へ。そこで出会った『四季の菓子』という本に感銘を受け、目指す方向性が固まったという。

岡部さん直筆の手紙

『四季の菓子』著者、岡部伊都子さん直筆の手紙

「皆こんな気持ちで食べているのか、と初めて食べ手の菓子に対する慈しみを知りました。作る側の思いしか考えたことがなかったので、カルチャーショックでしたね。そこで、著者の岡部伊都子さんに手紙を書いたんです。すると突然、店に来てくださった。まだ23歳だった自分は、舞い上がってしまって、残念なことにほとんど覚えていないんですが」と、目尻にしわを寄せる。

食べ手に対しての配慮を追及し、謙虚でありながらも、自分の菓子と向き合い続けた日々。そんな水上さんが辿りついた、自分の菓子のあり方。それは、茶のおいしさを引き出すためのもの、だという。

「和菓子を口にして、甘さの余韻が残るうちに茶を飲むと、茶の渋みが旨みに変化して菓子の甘みが消える。茶がおいしいと感じたその瞬間、何を食べたのかわからなくなるような存在が私の菓子の理想。たとえば江戸時代の武士道にある“忠臣は二君に仕えず”や“武士道とは死ぬことと見つけたり”という一文に、私が目指す美学と同じものを感じます」。


菓子

「千両」は春の訪れを感じさせてくれる。

京都での修行のあと、名古屋の菓子屋で生菓子をメインにさらに2年学び、東京でも京菓子は受け入れられると確信した。家を手伝いながら店舗候補の土地を探し、1977年、水上さんが28歳の春に「一幸庵」を創業する。

日本独特の美しさを表現した七十二候。和菓子が叶える、ユニバーサルで無限の可能性

「自伝的なものか、歴史文化をまとめた本か。生涯のうち1冊は本を書いてみたかったので、60歳になったら大学に通って民俗学の勉強をしようと思っていた」と、水上さんは話す。

そんな折、クリエイティブディレクターの南木隆助さんから話が舞い込んだ。南木さんは、誕生日にはケーキよりも羊羹、と「一幸庵」の菓子を食べて育った根っからのファン。彼とともにクラウドファンディングで資金を募り実現させた本のテーマには、和菓子とは切っても切り離せない“季節”を選んだ。七十二候(しちじゅうにこう)という暦だ。

春夏秋冬の“四季”、立春や夏至、秋分といった“二十四節気”、それをさらに細かく分けた“七十二候”。2月に始まるこの暦は、風が氷を溶かす「東風解凍」から寒さのなかで雌鶏が卵を産み始める「鶏始乳」まで1年を72の情景に表す。移ろう季節を彫刻のような大胆さと遊び心、繊細な技で表現された菓子は、どれも生き生きとした存在感を放っている。

菓子一覧

『IKKOAN』誌面より

「季節の造形表現は、どんな人にも通じるユニバーサルなものです」と水上さん。

この本のために、ボツ案を含めて述べ300~400もの菓子を試行錯誤し、完成するまでにかかった時間は、なんと5年!

「第15候『虹始見』も苦心した菓子のひとつ。花筏という季語と虹と組み合わせたものですが、虹の色みや形になかなか納得がいかなくて……。でも、ふと錦玉羹を切っている時にひらめいた作品です。錦玉羹の中に桜の花を散りばめ、花が川に流れ、見上げると空に虹が浮かんでいる、そんな風景」という。ふわりと漂う桜の香りが、なんとも情緒的。その菓子と対になる第58候「虹蔵不見」は、消えた虹を表したデザインで、錦玉羹に柚子果汁を混ぜたもの。透明の菓子からほんのり柚子が香る、なんともセンシュアルな一品だ。季節や文化を汲み取り、趣向が凝らされた菓子のひとつひとつに、たまらなく愛着が湧いてくる。

虹始見

「虹始見」

虹蔵不見

「虹蔵不見」

そんなアートのような菓子が並ぶこの本のタイトルは、海外を見据えてアルファベットにし、体裁は和菓子の世界観を表した純白の正方形。装丁の素材は、白い饅頭のテクスチャーをイメージした。

  

鶏が卵を産み始める1月30日頃に迎える第72候「鶏始乳」は、京菓子の代表的な形をアレンジした菓子。とさかには、なでしこの花型を使ったそうだ。

「以前、茶席で使う菓子を作るのに、悩みに悩んだことがありました。乗せるのは真っ赤な蔦が描かれた尾形乾山の皿で、考えあぐねて出したのが腰高の白い饅頭。実は京菓子では一番格式の高いもので、お茶の先生に申し開きもでき、乾山への敬意も表せた思い出深い饅頭なんです」。

  • 雷が鳴り始める第12候「雷乃発声」と雷の季節が終わる第46候「雷乃収声」は、雷神と風神がモチーフ。
    雷が鳴り始める第12候「雷乃発声」と雷の季節が終わる第46候「雷乃収声」は、雷神と風神がモチーフ。
  • 雷乃収声
    雷乃収声
  • 12月16日頃に迎える第63候「鱖魚群」。鮭が群がり川を上る様子を表現。
    12月16日頃に迎える第63候「鱖魚群」。鮭が群がり川を上る様子を表現。
  • 雄の雉が鳴き始める1月15日頃に迎える第69候「雉始雊」。
    雄の雉が鳴き始める1月15日頃に迎える第69候「雉始雊」。
  • 雷が鳴り始める第12候「雷乃発声」と雷の季節が終わる第46候「雷乃収声」は、雷神と風神がモチーフ。
  • 雷乃収声
  • 12月16日頃に迎える第63候「鱖魚群」。鮭が群がり川を上る様子を表現。
  • 雄の雉が鳴き始める1月15日頃に迎える第69候「雉始雊」。

非日常となってしまった、ガラパゴスな和菓子を、海外のオーディエンスへ届けよう

本を出そうと決めた理由は、もうひとつある。日本人の和菓子離れに対する危機感からだ。

「洋菓子と比較すると、値段的にも嗜好的にも、明らかに周回遅れの和菓子。将来の夢に和菓子職人と書く子供は、まずいないです」。水上さんは、そう言って和菓子業界に警笛を鳴らす。後継者問題で閉店を余儀なくされる店も後を絶たない。ある製菓学校では、和菓子部門の募集人数が洋菓子部門の四分の一という。

「明治維新以降、菓子は“和”菓子と呼ばれ始めました。カステラや饅頭など、海外から伝わったものを日本流に消化して新しく南蛮菓子を作り、繰り返し定着させてきた日本人。今は海外と同じものを日本で食べることに価値を見出しているように思えます。“三代続くと文化になる”という言葉がありますが、和菓子はそこからも外れつつある。母がクッキーを焼く家で育った子が、その子供(孫)にクッキーを焼く。洋菓子が日常で、和菓子が非日常です。それをどこかで食い止めたい。今、どうやって洋菓子を呑み込めるか、と大胆に考えています」。

水上さん

水上さんの手さばきは、見惚れてしまうほど美しい。

練切「福梅」は、菓子職人であった父から唯一受け継いだ菓子だという。

練切「福梅」は、菓子職人であった父から唯一受け継いだ菓子だという。

水上さんは、精力的に海外プロジェクトにも携わる。

「日本でガラパゴス化した和菓子は海外に見せることも大事だと思い、7年前に初めてパリにいきました」。

その後、バルセロナにある落合隆シェフの「Patisseria Ochiai」で現地の若手シェフへレクチャーを、大手チョコレートメーカーのヴァローナ社の依頼で、東京の「ルレ・デセール」やミラノの「イデンティタ・ゴローゼ」でのデモンストレーションを行った。また、去年のサロン・デュ・ショコラ東京でも話題となったショコラティエ「ジャン・シャルル・ロシュー」や、パリのパティシエ、ステファン・トランシェなどは「一幸庵」に研修に来たという。今年は、講演や取材のためにデンマークへ、また、リサーチやワークショックのためにハンガリーやチェコなど東欧をめぐる旅も控えている。そして店には、海外からの常連客も増えてきているそうだ。

洋菓子とのコラボ商品を通じて、和菓子の持つ存在感を見せつける

「数年前にヴァローナ社からコラボの依頼が来た時に、俺のあんこは妥協しないが、とりあえず喧嘩してみよう、と思ったんです」。以降、毎年1日だけ発売する限定菓子ができた。今年は1月22日(金)に「和栗とマロンデコールとガナッシュと大納言のテリーヌ仕立て」を販売する。また、年に2回の「季節のあんぱん」は、水上家のおやつだったものが季節の定番商品に。

限定商品

2005年に考案した限定菓子

「この試みは、濃厚で香り高いフランスのチョコレートやバターを使っても、小豆は負けていないと理解してもらう手段のひとつ。畳と湯のみから、フローリングとペットボトルの時代に変わった今、これまで通り伝統を引き継ぎながらも、守るだけではなく、生き抜く“菓子道”を見つけたい」。

そんな水上さんが一番大切に思う道具を見せてくれた。平日は100個、土日は200~300個も売り上げる名物「わらび餅」を練るヘラだ。本わらび粉を水で溶き、強火にかけて力強く混ぜ続け、火から下ろしても叩きつけるように練り上げる。これがあの「わらび餅」の食感を作る。

「和菓子は格闘技。道具が使えなくなっても、戦友のようで名残惜しくて捨てられない」と水上さん。引退したヘラ、使用中、新品と比べると、2年もたつと素材であるラワンの木がこうも擦り減るのかと閉口する。


へらと水上さん

水上さんは、ヘラを誇らしげに見せてくれた。

へら

ヘラは技の歴史を雄弁に語る。

取材時は、花びら餅の季節だった。粉雪のような見た目の羽二重餅の食感は、目を閉じて食べても「一幸庵」の菓子と言い当てる人がいるほどで、フランス人が“彼女の耳たぶ”と絶賛した逸品。水上さんのマインドは、常にフレキシブルで遊び心がありながら、作る和菓子は伝統的で余計なものがない。揺るぎないシンプルさの中に奥深さをしみじみと感じる味わいだ。

「和は、“なぐ”や“なごむ”とも読め、『和和』と書くと、“にこにこ”と読めるそうです。定番商品でも新プロジェクトのコラボ菓子でも、私は常にお客様が “にこにこ”を感じていただけるような菓子を作っていきたい」と水上さん。

これから、桜餅やくず餅、水羊羹など、心踊る名菓たちの季節がやって来る。水上さんはこれからも、ここ茗荷谷で「お菓子調進所」の暖簾を掲げ、暮らしに寄り添う毎日の菓子、お茶を楽しむための潔い菓子、そして何にも迎合しない和菓子の底力を伝えるネオ和菓子を、若い世代へ、世界へと、届け続けてくれるはずだ。

(文:関智水、撮影:杉野正和、堀内誠)

  • IKKOAN
  • IKKOAN
  • IKKOAN
  • IKKOAN
  • IKKOAN
  • IKKOAN
  • IKKOAN
  • IKKOAN
  • IKKOAN
  • IKKOAN
  • IKKOAN
  • IKKOAN
  • IKKOAN
  • IKKOAN
  • IKKOAN
  • IKKOAN
  • IKKOAN
  • IKKOAN

水上 力(みずかみ・ちから)

1948年東京生まれ。京都、名古屋での修行を経て1977年に「一幸庵」を創業。「エコール・ヴァローナ東京」や「ジャン・シャルル・ロシュー」など大手メーカーやショコラティエとコラボ、イタリアの食の展示会「イデンティタ・ゴローゼ」やトップパティシエが集まる「ルレ・デセール・インターナショナル」でのデモンストレーションなど、国境を越えて和菓子の魅力を伝えている。

■店舗情報

「一幸庵」
所在地/東京都文京区小石川5-3-15
TEL 03-5684-6591
営業時間/10:00~18:00
定休日/日曜、祝日

Facebook

■書籍情報

「IKKOAN」

ページ数:194ページ
価格:3990円(税別)
言語:日仏英
サイズ:220mm × 220mm × 35mm
ハードカバー
クリエイティブディレクター・企画編集 南木 隆助
アートディレクター 川腰 和徳
フォトグラファー 堀内 誠
プロデューサー 佐藤 勇太
フォトレタッチャー 山田 陽平
デザイン 入澤 都美
PR 奈雲 政人
仏文訳 セシル・ササキ
英文訳 メアリーベス・ウェルチ

「GREEN FUNDING」プロジェクトページ

この本を購入する


「一幸庵」の記事をもっと読む


関連記事

関連タグ

この記事をシェアしよう。

この記事が気に入ったら、
いいね!しよう。

You might Like

レコメンド

Read More

T-SITE LIFESTYLE TOPへ戻る

Access Ranking

ランキングをもっと見る

花火×音楽のエンタメショー「STAR ISLAND(スター アイランド)」、お台場で5月27日開催

  1. No.1 花火×音楽のエンタメショー「STAR ISLAND(スター アイランド)」、お台場で5月27日開催
  2. No.2 巨大グランピングパーク「WILD BEACH」が木更津にオープン! 6月1日から受付開始
  3. No.3 東京駅の新土産「PRESS BUTTER SAND(プレスバターサンド)」。行列必至の工房をレポート
  4. No.4 バターサンド専門店「PRESS BUTTER SAND(プレスバターサンド)」、東京駅に4月27日オープン
  5. No.5 スヌーピーミュージアムの新作グッズ「PUTITTO SNOOPY」。コップのふちに立体マスコットが

ランキングをもっと見る

Event

イベントをもっと見る

イベントをもっと見る

Store

SNS/RSS

Facebook

Instagram

tsite_lifestyle
Instagram


T-SITE LIFESTYLE(RSS)