本は読まなくてもいい? 本棚を飾ることから始める読書【book pick orchestra川上洋平インタビュー】

2016.11.4 (金) 07:00

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川上洋平氏

本格的な秋が到来し、読書に最適な季節となった。普段あまり読書をしなくても、あるいは途中で投げ出した本が山積みでも、もう一度、新たな本との出会いを楽しんでみたい。

「一冊、すべてを読み終わらないといけない。深く読み込まないといけない。そんな罪悪感を持ってしまっている人が多い。でも本にはもっと、まったく違う楽しみかたもあるんです」と語るのは、川上洋平氏。空間や人に合わせた選書を専門に行うユニット「book pick orchestra(ブックピックオーケストラ)」の代表を務める。自身も実践し、仕事を通して広めてきたという、読書の新たな楽しみについて聞いた。

空間や人に合わせて、手に取りたくなる選書を

川上さんが代表を務める「book pick orchestra」は、2003年の設立以来、カフェやシェアオフィスなどの本棚に、各空間に合わせた選書を行ってきた。例えば、新宿のシェアオフィス「HAPON 新宿」のオープンスペースの本棚には、人が行き交う東京のハブ的な街である新宿で、仕事の合間に手に取りたくなる本を揃えた。酒をオーダーした客に、客の気分や興味関心にあった本を選ぶ出張イベント「SAKE TO BOOKS」など、人と本の新しい出会いを生むためのイベントやワークショップも開催している。

川上洋平氏

「読書が好きで、わりと若い頃から神保町で古本屋をはしごしていました。

もともと僕は哲学に興味があるのですが、人間の成長のためには、新しい考え方に出会うことが重要です。移住をする、旅行をするなど、環境を変えるのはそのひとつの方法ですよね。ただ、一番身近にできるのが、読書なんです。こんなに素晴らしい機会が、身近にたくさん転がっている。それなのに、なぜか同世代の人はあまり本に興味がありません。もったいないと思いました。そこで、ちょっと変わったことをして、本を手に取ってもらう仕掛けを作ろうと思ったんです。それが活動の始まりでした」


”浅瀬の読書”から、気軽に本のある暮らしにふれる

「本は一冊、全部読み終わらなければ」「深くじっくり読むのが素晴らしい」「たくさん読むほうがすごい」。次第に、本を読まない人の多くが、こうした固定観念に捉われていることに気が付いたという。

「もちろん、それは素晴らしいことです。でも、僕は読書にはもっと広くて多様な世界があると思うんです。例えば古本屋の棚に並ぶ背表紙を眺めるだけでも、フォントや紙質で時代の変化や、出版社の特徴といった、さまざまなことがわかります。それこそ、本屋に行くだけでもちょっと気分が変わります。文学全集を開いて文字を追うだけでも心が落ち着きます。旅行に本を一冊持っていけば、結局読まなかったけど、いろいろ考えた、ということも。暮らしのなかで、ちょっと本に触れるだけでも、そこには汲みつくせない可能性があふれています」

川上洋平氏

川上氏は、最近増えている「本離れ」を、海に例える。

「まるで深海にダイブする人が偉いかのように、皆さん、すごく深く潜ろうとしてしまっているんですね。すると、溺れる可能性が高くなって、海が怖くなる。つまり、もう本は読まない、読書は苦手、忙しくて時間が取れない……と、なってしまうんです。浅瀬にも美しい魚がいますから、もっと”浅瀬の読書”も楽しんでいただきたいです」

古本か新刊かは関係なし。川上氏の本棚へのこだわり

川上氏が選書を手がける本棚には、こだわりが詰まっている。まず、それぞれの空間にあわせて選ばれる本は、古本と新刊の両方が入り混じる。

「人と本の良い出会いや付き合い方を考えていたら、古いか新しいかというその境目は、あまり意味がないと気が付いたからです。その本が新刊なのか古本なのかは、あくまで流通の違いです。出会うまでは、知らない新刊の本と、絶版の本に、変わりはありません」

川上洋平氏

次に、あまり出版社やジャンル、時代などを揃えずに、バラバラに配置する。

「直感的に手に取ってもらって、その人たちに本を動かしてもらうためです。シェアオフィスに入る会社が変わるなど、空間に変化があれば、本も入れ替えています」。

さらには、本には一冊ずつ薄いパラフィン紙をつけて、表紙を保護する。

「本にパラフィン紙をつけておくと、保存状態がずっと良くなるんです。本を丁寧に扱う、長く受け継いでいこうといった気持ちが生まれるなど、本と向き合う姿勢も変わりますよね。ワークショップでは、自分でパラフィン紙をつける体験をしてもらうこともあります」

川上洋平氏
川上洋平氏
川上洋平氏

人生の糧になる運命の一冊に出会う

川上氏の活動に影響を与えた本は数え切れないが、なかでも大きいのは『忘れられる過去』荒川洋治 著)。詩人の荒川洋治氏が、本のなかでも最も普段の生活とはかけ離れたものという印象を持たれる「文学」について、『文学は実学である』と言ったことで知られる一冊だ。

川上洋平氏

「収録作品の一つである『畑のことば』に、大人は年を取ると言葉の数が少なくなりますが、読んだものの知識によって、その人の顔や雰囲気が文学性を帯びていく、ということが書かれています。畑のおばあさんが振り向いたときに、その顔が文学のようだった、と。本そのものだけでなく、本に触れることによって、その人の普段の体験が変わるというところに、実は本の凄みがあると気付かされました。僕も「book pick orchestra」を通して、まずはそれぞれの人に実感を持って本を手に取ってもらう、ということからやっていきたい。30年経ったときに振り返って、『あの本との出会いがあるから、今の自分がいます』と言われたら、それはすごい価値ですよね」


(インタビュー・文:山岸早瀬、撮影:島崎征弘、撮影協力:HAPON新宿

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川上洋平

本のある生活をふやすために、人と本の新たな出会いを作り出すユニット「book pick orchestra」代表。ギャラリーやシェアオフィス、カフェでの本を使った空間作りをはじめ、ユニークな企画を提案・実施している。2016年より四国に移住し、東京で働く2都市生活。

book pick orchestra 公式サイト


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忘れられる過去

忘れられる過去

「とはいえことばから目をはなすことはできないのだ。」生きること、本を読むこと、その事態の変化にもっとも敏感な批評精神による、新しいエッセイ74編。

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