松浦弥太郎「結局、僕は何ひとつ成功していない」。「くらしのきほん」や新メディアで目指すもの ―新刊『「自分らしさ」はいらない』出版記念インタビュー

2017.2.17 (金) 07:00

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暮らしを豊かにする知恵と工夫を発信するウェブメディア「くらしのきほん」の主宰者であり、エッセイストの松浦弥太郎さんが、2017年1月に新刊『「自分らしさ」はいらない』(講談社)を出版した。出版後1カ月も経たずして重版がかかるほど、売れ行きは好調だ。

雑誌『暮しの手帖』の編集長、クックパッドの退職を経て、現在に至る松浦さん。常に新しいことを吸収し、考えをアップデートしていくという生き方から綴られるメッセージは、ウェブメディアや出版物を通じて多くの人を魅了している。

2017年、新たな挑戦をはじめようとしているという松浦さんに、『「自分らしさ」はいらない』のキーワード「心をつかう」とはどのようなことか、そして松浦さんが今、どのようなことを考え、何をしようとしているのかについて、話を聞いた。

松浦弥太郎さんが尊敬している人とは?

――ご著書『「自分らしさ」はいらない』では、「自分らしさ」に固執せず「心をつかう」ことで新しい視点でものごとを見る提案をされていますね。そして、上手に「心をつかえている」方の例として、松浦さんのメンターや尊敬する人にまつわるエピソードがたくさん登場しています。松浦さんの尊敬する人とは、どのような人なのでしょうか。

例えば(『暮しの手帖』を創刊した)大橋鎮子(しずこ)さんは、すべてのことに心を働かせていた人だと思うんです。僕が気付いていないことでも、心を働かせていた。そういうことって目に見えないじゃないですか。

ひとつ言えるのは、一生懸命なんですよ。一生懸命な人って、存在自体が愛情の表れのような気がします。

格好つけて言うわけではなく、僕は自分以外の人はみんな尊敬しているんです。会う人会う人、何かいろいろなことを学ばせてくれる。だから、今日会った人をみんな尊敬するし、常に自分に起きる出来事や出会いが、何か自分に教えてくれているんです。

――松浦さんは、何でも見えているすごい人だと勝手に思っていました。

いやいや、全然見えていないですよ。

例えば、あるステージにいる人に憧れて、その人と同じステージに立てたとしても、またその先に違うステージに立っている人がいるわけで、いつまでもゴールに到達することはないですよね。では下のステージにいる人がどうなんだというと、もちろん僕の方が少しだけ何か知っていたり気付いていたりするだけであって、誰もがいつも僕に教えてくれることはあるわけですよ。

素直な学びの姿勢でいたいから、僕は常にリラックスして、自然体でいたいと思っています。

でもいろいろやっていくと、肩書きがついたり、自分のポジションができたりして、無意識的に調整するようになってしまい、自分でいられなくなってくるんですよ。そういうのはできるだけ、自分から排除していった方がいいと僕は思います。他人はそういうことはできないから。

大切にしている生き方は、“あきらめない”こと

――自然体でいるために、どのようにして気持ちを整えているのですか。

一生懸命やるだけですね。自分の能力やできることは人それぞれ違うし、自分が何か特別な人間というわけではないでしょうから。

自分が今向き合ってやるべきことがあるのであれば、それを精一杯やるしかない。精一杯の仕方も人によって違うし、悩んでも出来ないことはいっぱいあるんですけど、そこであきらめてはいけない。思い続けたり、考え続けたり、あきらめない気持ちが大切だと思いますね。

今の世の中には、あきらめるきっかけになる便利なものがいっぱいあるじゃないですか。そういうものと、自分がどう距離を置くかを考えるのは、今の時代における生き方のひとつだと思います。

――“あきらめない”ということは、具体的にどういうことでしょうか。

何かを否定するということは、人生を残念なものにすることです。大事なのは、自分との距離感の問題だけ。

「あきらめ=否定すること」が普通になっている人が多い世の中だと思うんです。生活の中で無意識にいろいろなことをあきらめている。自分ではあきらめていることにすら気付いていないんですよ、癖になっているから。

だから大事なのは、ものごとをカテゴライズするとか、好きか嫌いか、というような「答えを見つけようとしすぎ」な世の中で、素直に全部受け入れたらいいと思うんですよ。僕は基本、全部受け入れるようにしています。そうしないと学びがないですから。

日々やっていることって、そうそう上手くいかないんですよ。あきらめることって多いですよ。でも、それに対して“自分が今あきらめた”ということに気が付いているかどうか。それって大きいですよ。

新刊の中でも書いたんですが(P154)、ある編集者の方とカフェで打ち合わせをしたときに、僕がなかなか飲み物を決められず、相手の方が先にオーダーされたんですね。そのことについて自分では何とも思っていなかったのですが、後日、ものすごく丁寧に謝られた。

僕はそんなところまで気配りができる人がいるということに、本当に感激したんですよ。自分ができなかったことに、この人は後で気が付いたんだなって。それは僕にとっては学びでした。

松浦さんが本やメディアを通じて伝えようとしていること

――日々、人との出会いから「心をつかうこと」の学びがあるわけですね。多くの人、特に若い人たちにとって、いい出会いを得ることはなかなか難しいことだと思います。松浦さんが“出会い”で大切にしていることはありますか。

自分を変えたいと思うかどうか、だと思いますね。変えたいなら、今いる場所から動いた方がいい。勇気、勇敢さ、新しいことをすることです。

好奇心は大事。僕は好奇心の先は“行動”だと思うけど、今の時代は好奇心の先にあるものが“スマホ”です。でも、それを否定することはできない。

僕にとっては、人に会うということがとても大切なんですけれど、今は人と会わなくてもいろいろなことがわかる。今の若い人たちにとっては、リアルとバーチャルのバランス感覚を考えることがとても大切なのかもしれないですね。

便利なものと、どう距離感を保つか。不便さをどう受け入れるか。大切にするか。それしかない気がします。

本当に楽しいことや、豊かさ、刺激というものは、不便さだったり、憧れだったりするものだと思う。自分ができないこと、知らないことが、それらにはいっぱい潜んでいますよね。そういうことを手がかりにして成長する歩みを伝えたくて、僕は本を書いたり、自分のメディアを作ったりしているんですよ。

若い人たちに対してのメッセージというものは、実はそんなにないんですよ。ただ、自分がこんなことに気づいて、こういうことを信じて、こういうことを発明したよって、発信したいだけ。それがメッセージかというと、違うでしょうし。何故かというと、僕はそれほど若い人たちの考えやライフスタイルを知ってはいなし、どうしても知ることができない。そういう人たちに対して押し付けもしたくありません。

だから、本当に普遍的なことだけ。「精一杯やる」っていうことしか言えないんじゃないかな。

松浦さんの“これから”。「毎日大失敗だけど、ただ一生懸命やるだけ」

――精一杯やった先には、何があるのでしょうか。『「自分らしさ」はいらない』のサブタイトルにも「くらしと仕事、成功のレッスン」とありますが、松浦さんの考える「成功」とは、どのようなことですか。

仕事とは、困った人を助けることですよね。どうやって人を助けようかと考えて、そこに工夫したり発明をしたりすることです。

僕は24時間365日、どうやったら人を助けられるかって考えているんです。寝ているときでさえ。メディアや文章を書くときも、いつもそのことを考えている。でも、そこでやっていることが100%正解の答えかというと、それはありえないですよ。

1000個くらいアイデアを出して、やってみて、その中で本当に助けることができた!って思えるのは3個ぐらいですよ。その3個だって、“かも”が付くぐらいです。

同書内にも登場した「ウィンナーのケチャップ炒め」。「心で考えて」生み出した“ケチャップがはねない”革命的なレシピ。(「くらしのきほん」より)

同書内にも登場した「ウィンナーのケチャップ炒め」。「心で考えて」生み出した“ケチャップがはねない”革命的なレシピ。(「くらしのきほん」より)

それを「取り組むかどうか」が大事ですよね。1000分の3しかないから、無理、やらない、って言っちゃうのは簡単だけど、むしろその1000個を見つける間のプロセスが自分にとっては学びになる。その学びが、自分に関わる人や社会の中で、何らかの役に立てるものがあるかもしれない。それに取り組むかどうかが大切だと思います。

結局、僕は何ひとつ成功してないんですよ。これをやって、これをコンテンツにしたら世の中に広がって、困っている人が助かって、世の中が良くなる、っていう成功体験があればいいけど、何ひとつ成功してないからね。これ、というものは言えない。

「くらしのきほん」だって、大失敗の毎日ですよ。「毎日、精一杯取り組んでやっている」けど、それが成功かというと、自分が本当にイメージしているものとは全然違うから、そうと言えない。いろいろなリソースやスキルが足りなくて、自分がこうあればいいなと思っているものと比べて、足元にも及ばないです。でもそれは、すべてに対してそう思っています。

――人を助けることを目指される上で、今後やろうとされていることは、どのようなことでしょうか。

「くらしのきほん」もそうですが、まだ誰も見たことがない新しいメディアを作っていきたいんです。ウェブとか雑誌で。「もしかしたら、こういうことができたら、もっとたくさんの人を助けられるかも」と思っていることがあります。あきらめずに始めたいと思っています。

(取材/文:Yukie Liao Teramachi、撮影:MASA(PHOEBE))

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松浦弥太郎(まつうら・やたろう)

1965年、東京生まれ。くらしのきほん主宰/エッセイスト、『COW BOOKS』代表。雑誌『暮しの手帖』編集長を長く務めたあと、クック・パッドへ移籍。2016年12月に退職し、2017年より新たな挑戦をはじめる。現在は、株式会社おいしい健康の取締役に就任。著書に、『僕の好きな男のタイプ』、『もし僕がいま25歳なら。こんな50のやりたいことがある』(講談社)『[よりぬき]あたらしいあたりまえ。BEST101』(PHP研究所)、『正直』(河出書房新社)、『100の基本 松浦弥太郎のベーシックノート』(以上マガジンハウス)など。

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