稀代のブックコレクター鹿島茂氏が本を「解体」してまで見せたかった! アール・デコ挿絵本の美

2015.6.17 (水) 07:00

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2015年5月20日(水) 代官山 蔦屋書店にて、『アール・デコの挿絵本: ブックデザインの誕生』(東京美術)の刊行を記念して、著者のフランス文学者でブックコレクターの鹿島茂氏によるトークイベントが開催された。

『アール・デコの挿絵本: ブックデザインの誕生』は、鹿島氏が所有する古書コレクションを例に、20世紀初頭のアール・デコ期につくられた豪華な挿絵本の楽しみ方を案内する一冊だ。本トークイベントでは、鹿島氏が新刊のテーマでもあるアール・デコの挿絵本の特徴と誕生の経緯を、日本の出版文化と比較しながら紹介した。

貴重な『アール・デコの挿絵本』を徹底解体!?

『アール・デコの挿絵本: ブックデザインの誕生』(東京美術)

アール・デコとは、1910年代から30年代にかけてフランスを中心に世界的に流行した、装飾美術のスタイルのこと。この時代は、数々の上質の挿絵本が生まれた頃でもある。

鹿島氏はこれまで、練馬区立美術館で2011年から2013年まで3回、「鹿島茂コレクション」として、30年以上にわたって収集してきた挿絵本や版画の展覧会を行ってきたが、そのうち2012年と2013年はアール・デコに特化していた。今回の書籍の刊行は、過去の展覧会での「限界」が発端だったという。

「ケースに入れて本を展示するので、表紙を見せるか中の本文を見せるかの、どちらか一つしかなかったのです。既にボロボロになった本を数冊だけ、泣く泣く解体して展示しました。でも本のコレクターとしては、できればそれはやりたくない。しかし、こんなに美しい挿絵本を、全ページ見せたい。なんとかならないかなと思って作ったのが、この本なのです」(鹿島氏)

こうした経緯から本書は、ヴァーチャルな「徹底解体」を行った。つまり、挿絵本の複数ページを掲載することで、読者がさながら挿絵本を手にするような感覚で読めるように編集されている。表紙やジャケットから始まり、次に見返し、フォ・ティトル(仮扉)、フロンティスピス(口絵)、オール・テクスト(別丁の挿絵)、ヴィニェット(文字と組み込んだ小さな挿絵)、キュ・ド・ランプ(章末および巻末の空白部を埋める小さな挿絵)、巻末目次、限定部数を示したジュスティフィカシオン・デュ・ティラージュ(限定刷り詳細)と、アール・デコの挿絵本の構造を理解することができる。


異なる日本とフランスの本づくり。明治時代の「麗しい誤解」とは?

鹿島氏によると、そもそも日本とフランスでは、本づくりの歴史が異なるという。

「日本で一般的な本屋で売られている本は、世界一と言えるほどに堅牢に綴じられています。一方でフランスでは、そもそも本は装丁家が綴じるものでした。本屋では『仮綴じ』、つまり非常に簡素に綴じられたものが売られていました。それを買った人が、自分で装丁屋に持って行って、革やデザインを選んで、自分好みのテイストに装丁してもらったのです。

ところが明治時代にヨーロッパから洋書文化が日本に入ってきたとき、日本人は、ある意味とても『麗しい誤解』をしました。本とは、初めから革装丁されたものだと思い込んだのです。そこで、革の部分を再現するにはどうしたらいいかと考えて、日本人はこれを紙で作ったのです。こうして日本では、ヨーロッパでは装丁屋がやっていたようなことを、出版社がやることになったのです」(鹿島氏)

アール・デコの挿絵本は、表紙は比較的地味な印象である。これは、装丁屋が装丁する際に、表紙は破って捨てたからで、むしろタイトルページのほうが重要視されていたためだという。現在では、表紙が残っているアール・デコの挿絵本は珍しいため、かえって希少価値が高い。

このように本の概念の違いを知ることで、アール・デコの挿絵本の特徴や、古書としての価値が分かるようになるそうだ。


ファッション雑誌で花開いた「前代未聞、最高の雑誌作り」

アール・デコの時代に、なぜ挿絵本が全盛期を迎えたのだろうか。当時は大戦後のバブルで裕福なパトロンが存在したことと、印刷技術の発展という、さまざまな要素がそろった時代だったのだという。

「19世紀から20世紀にかけて、銅板から石版、小口木版と大きく印刷技術が発達し、挿絵と活字の融合が可能になりました。さらに20世紀には、画期的な『合羽摺(ポショワール)』と呼ばれる、ステンシルのような技術が登場。魔術的なほどに豊かな色彩表現が可能になりました」(鹿島氏)

これらの新たな技術が花開いた場が、モード(高級ファッション雑誌)の世界だ。この新たな印刷の技術を使って、「前代未聞の、最高に美しい雑誌を作ろう」という野望に挑戦した、リュシアン・ボージェルと、ピエール・コラールという2人の名編集者が現れたが、彼らが注目したのが、モードだったという。

「1912年というのは、非常に不思議な年です。僕は19世紀末のものからずっと挿絵本を買って持っているんですけど、一年ごとに見ていくと、1912年から突然、急に絵がモダンになるのです。いっせいに、新しい世代のイラストレーターが活躍し出したのです。彼らが才能を発揮したのが、モードの世界だったのです」(鹿島氏)

この挿絵本の黄金期と言われる20世紀初頭には、「アール・デコ四天王」と鹿島氏が本書で紹介する、ジョルジュ・バルビエ、アンドレ=エドゥアール・マルティ、シャルル・マルタン、ジョルジュ・ルパップという名だたるイラストレーターが活躍した。

ジョルジュ・バルビエによる挿絵(『ビリチスの歌』より(P036-037))

挿絵本は「活字とイラストの総合芸術」

活版組版の時代、活字にイラストを組み込んだレイアウトは、大変な時間と技術を要した。鹿島氏によれば、だからこそ挿絵本とは、「活字とイラストの組み合わせの芸術を味わうもの」なのだという。

「一見、本はイラストだけのページ『オール・テクスト』が大切だと、素人は考えますよね。私も誤解していたのですが、実は、違うのです。挿絵本で最も難しいのは、活字とイラストが複雑に組み合わさった、この『イン・テクスト』と呼ばれるページです。コンピューターが発達した世の中でも、これを作るのはかなり大変ですね。ですから、挿絵本とは、活字とイラストの組み合わせの芸術を味わうものなのですね。『イン・テクスト』にこそ、挿絵本の魅力があるのです」

 本書には、章のタイトルページの上部に差し込まれた「ヴィニェット・アン・テット(vignette en-tete)」や、活字とイラストが複雑に融合した「ヴィニェット・イン・テクスト(vignette in-texte)」といった、挿絵本ならではの魅力を持ったページが、カラーで豊富に収録されている。本の愛好家をうならせた、当時の総合芸術を楽しめるのだ。

社交界の貴婦人や妖精の物語を妖艶に描いた鮮やかな色彩のイラストと、活字が見事に融合。ページごとに全く異なるデザインの挿絵本も。

社交界の貴婦人や妖精の物語を妖艶に描いた鮮やかな色彩のイラストと、活字が見事に融合。ページごとに全く異なるデザインの挿絵本も。(「ヴィニェット・イン・テクスト」P.044-045)

(「レトリーヌ」P058-059)

(「レトリーヌ」P058-059)

本が売れない時代?日本の出版社も、挿絵本に挑戦を

電子媒体の波に押されて、本が売れない時代だと言われる。確かに電子書籍やインターネットは、利便性は高い。しかし挿絵本には、紙媒体ならではの美しさを思い出させる魅力がある。

鹿島氏は、「実は私のこの本を元にして、『日本でも挿絵本をつくってみようじゃないの』という出版社の出現を期待して作ったのです」と、本トークイベントを締めくくった。この呼びかけに応える出版社や編集者、ブックデザイナー、イラストレーターの出現を期待したい。


会場には熱心にメモを取りながら聞くファンが多数見られた。トーク終了後のサイン会でもなごやかな歓談がなされ、代官山開催にふさわしいアカデミックな一夜となった。

(文:山岸早瀬)

■あわせて読みたい

鹿島茂氏の作り方/代官山 蔦屋書店3周年企画「WE RESPECT...」

鹿島茂(かしま・しげる)

1949年、神奈川県横浜市生まれ。明治大学国際日本学部教授。専門は19世紀フランス文学。鹿島茂コレクション関連の著書に『バルビエ×ラブルール─アール・デコ、色彩と線描のイラストレーション』 (求龍堂)、『永遠のエレガンスを求めて─ジョルジュ・バルビエ画集』(六耀社)など。


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