劇団設立、エンジニア等を経て小説家へ。『終電の神様』阿川大樹、作家への道

2017.10.8 (日) 07:00

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今年2月に発売され、静かな感動の輪が広がっている小説『終電の神様』(実業之日本社)。電車で目的地に向かう人々のさまざまな人生を鮮やかに描いた短編集で、8月には第9回「エキナカ書店大賞」も受賞。

子供時代から本が好きだった阿川大樹さんは、東大在学中に劇団「夢の遊眠社」設立に携わる。卒業後はメーカー勤務、半導体ベンチャー設立参画を経て、小説家に転身した経歴の持ち主だ。影響を受けた本や、『終電の神様』に至る道のりを聞いてみた。

野坂昭如、山田詠美……。ずっと本を読んでいた

――まずは読書遍歴を。創作にあたって影響を受けた本など、教えてください。

本が好きで、小学校のときは図書室にある本をほとんど読みました。少年少女文学全集、SF、推理小説の子ども向けシリーズ、江戸川乱歩アシモフコナン・ドイルなどです。朝日新聞に「小さな目」という子どもの詩の投稿欄があり、学校の先生が僕の詩を投稿したら掲載され、親戚じゅう大騒ぎになったこともありました(笑)。

阿川大樹さん

阿川大樹さん

――すごいですね。

おとな受けしそうな詩を書いては掲載され、おとなってちょろいな、と思う子どもでした(笑)。中学になると翻訳ものをよく読みましたね。非日常を体験したくて。カタカナの名前が出てくるほうが読む価値があると思い、カミュモーパッサンドーデなどフランス文学が多かった。ボードレールヴェルレーヌランボー堀口大學萩原朔太郎と詩集もたくさん読みました。

――公立の学校だったんですか?

世田谷の区立中学校です。高校に入ってからやっと日本人作家のものを読むようになりました。流行りものは読まないへそ曲がりで、僕は野坂昭如さんの本を読んでいました。

――なぜ野坂昭如さんを?

進学した都立戸山高校は早稲田大学と近いんですよね。僕の父親も早大出身で、反骨というか、早稲田が持つ空気になんとなく憧れがありました。高田馬場の古書店街で野坂さんの本を買って……リズム感もいいし面白かった。知らないことを体験させてもらえる醍醐味を感じました。高校生には絶対に書けないような作品ばかりで、この人には敵わない、やっぱりおとなは凄い、と。戦争も風俗も、ひとりの小説家としての幅の広さを野坂さんから学びました。一方で、これくらいなら僕だって書けるという作家もいて(笑)。小説ってなんだろう、何ができるんだろうという感覚を身につけていった気がします。

――大学時代は?

大学になると、哲学系の本や雑誌を抱えているやつがカッコイイという風潮でした。でも僕が20代でたくさん読んだのは片岡義男さん、喜多嶋隆さん。30代に入ると山田詠美さんがデビューして、新作が出るたびに読んでいました。

夢の遊眠社で学んだこと

――『終電の神様』の第六話「赤い絵の具」は、山田詠美作品の影響があるとか。

高校時代、新宿御苑のそばのロック喫茶によく行っていたんです。近くには老舗の画材店・世界堂があり、新宿御苑でスケッチをする人もいて……その風景をイメージしつつ、当時の自分や友人たちは何を考えていたかを掘り下げて書きました。山田詠美さんの『風葬の教室』『放課後の音符(キイノート)』『ぼくは勉強ができない』、何十年も前にインスパイアされた小説の空気が僕の中にずっとあったので書いてみようと。

――山田詠美作品に惹かれた理由は?

小説が持っている力を凄く感じたし、受容する力、人間を見る目のとてつもない優しさに影響を受けました。リズム感は喜多嶋隆さん、ちょっと臭いけどスタイリッシュで心地よい感じは片岡義男さん。

――東京大学在学中、劇団「夢の遊眠社」設立に参加されています。

大学1年の夏ごろに芝居をやりたくなり、高校のクラスメートがいた演劇研究会に入りました。1年下で野田秀樹が入ってきて、彼の脚本で芝居を作り始めたら明らかに世界が大きくて魅力がある(笑)。夢の遊眠社で学んだのは、お客の入らない芝居はやらない、お客が入るためにやれることは徹底的にやろうということでした。無料公演でも赤字を出したことがなかったんです。アマチュア劇団の公演は通常3回ほどですが、それでは評判が立っても観にいけない。僕らは公演を13回やり「面白いと思ったら、友だちを連れてまた来てください」と呼びかけました。面白かったらカンパしてくれるし、無料だから友だちを連れてまた来てくれる。それを年に3回やれば、お客さんがどんどん増える。売るために創意工夫することを学んだ経験は大きかったです。

安定企業を退職して作家に

――作家になりたいと中学時代に思ったとか。

ずっと思ったままでした(笑)。本が好きだったから、作る人への漠然とした憧れだったと思います。鉄道の運転士や野球選手にもなりたいと思ったけど、野球選手は早々にあきらめた。たぶんあきらめるチャンスがなかったから、望みを持ち続けたんだと思います。科学が好きだったので理科系に進み、メーカーに入社しました。

――日本電気(NEC)でエンジニア職に。

研究者になりたかったけど、大学院の試験に通らず就職しました。つき合っていた女性がいて、結婚するなら就職しなくちゃと。でも入社してすぐに別れて、就職した自分だけが残った(笑)。NECでの仕事はとても面白かった。そして、失恋しちゃったから明るく生きようとヨットを始めました。クルーザーも買ってしまったので、給料目当てでアスキーに転職しました。ヨットは海に出たらお金がかからないんですよね。必要最小限のものを積んで、狭い船室で寝て起きて航海するミニマムライフです。これが心地よくて、僕は貧乏が平気みたいだから、小説家になるチャレンジをしようと思いました。

――親友を亡くしたこともきっかけだった。

そうですね。39歳のとき、高校のクラスメートが事故で亡くなり、やりたいことがあるなら早くしなきゃと。1993年でしたが、仕事の後始末をして実際に会社を辞めたのは1996年。二足のわらじは履かず、無職になって小説を書くだけの生活にしました。貯金が550万円あり、150万円まで減ったらあきらめようと思いながら暮らして、9年かけてデビューしました。

――デビュー作はサスペンス長編でした。

当時、公募新人賞といえば長編でした。でも僕は短編を書くのがずっと好きで、実業之日本社から短編のお話をいただいたときは、ついにチャンスが来たぞという感じでした。

――なぜ短編がお好きなんですか?

全部覚えていられるから、短編のほうが神様になった気がする(笑)。50枚だと頭の中にしまっておけて気持ちがいいし、濃縮していく楽しみがある。人物像を痩せさせないでどれだけ省いてきちんと伝えるか、短編は凄く大変なぶんテクニカルな面で面白い。50枚でも500枚でも同じぐらいカタルシスがないと読者は満足してくれないので、文章も人物も濃密に作り込むチャレンジのしがいがあるんです。

作家になろうと決めてからデビューまで9年

――『終電の神様』の始まりは?

D列車でいこう』(徳間文庫)を読んでくれた編集者から「鉄道がらみのミステリー」を短編で依頼されました。50枚の短編を1本書き、2話目以降も着地点を決めないで1作1作、雑誌に書き継いでいきました。人身事故、終電などを背景に、通勤電車に乗る人々の物語を描いてきましたが、最終話「ホームドア」では、これまでの短編をすべてを受け止めるようなものを書くことができた。プラスの要素が重なって1冊に仕上がりました。

――それにしても、会社を辞めてデビューするまで約9年。『D列車でいこう』のあと10作目の『終電の神様』まで重版がかからなかったとのことですが、苦になりませんでしたか?

不思議なんですけど(笑)、ひとりで作るのはつらさと気持ちよさがあるんです。会社員だったら何十億、何百億を動かせる機会はあるけど面倒も多い。部下に仕事をさせるとか、上司の許可を得る手続きとか。でもひとりでやっていると「残念」も自分だし、「けっこういける」も自分で、全て自分で落とし前をつけなきゃいけないし、つけられる。2009年から黄金町(横浜市)に事務所を持ち、アーティストのコミュニティの中にいたことにも助けられました。お金がなくても、何かに夢中になってコミュニケーションをとらない時期があっても、当たり前に肯定してもらえる。異端視されず居心地よくして来られました。

苦労には「していいもの」と「しなくていいもの」がある

――若い人にアドバイスをいただけたら。

何かをやろうとしたら苦労はしなきゃいけないけど、苦労にはしていいものとしなくていいものがある。ばかげた苦労はさっさとやめた方がいいと思います。会社の中の軋轢を描いた小説も人気ですけど、そんなのは会社を辞めれば解決しちゃう(笑)。

――簡単なこと(笑)

わりと簡単なことだったりします(笑)。苦しさは目的であってはいけないので。逆に、このためならつらくても頑張れるという目標を見つけたら、がっちりとやることじゃないかと。女性、仕事、遊び……何でもいいのですが、このためなら頑張れるというものが一生の間にあると思う。僕の場合は小説家にチャレンジすることに迷いがまったくなかったので、幸せに生きてこられたと思います。努力がいやじゃなければ、何かしら結果は得られるものだと思いますよね。

――阿川さんの小説は実感がありますね。

いつも観察し続けていて、24時間ずっと取材のような感じです。電車に乗って近くにいる人の物語を考えたり、具体的に妄想する習慣がついています。いいものを書けばそれでよしとは思っていなくて、夢の遊眠社でも経験してますが、お客さんを大切にする気持ちが常にあります。読者や書店の人が喜ぶことは積極的にやろうと思っています。

――書店向けのサイン色紙は最近バージョンアップして、着彩されていますね。

水彩画の技を覚えたので(笑)。近くはCreative Waterway(クリエイティブ ウォーターウェイ)といって、僕の作った音声ドラマを流しながらボートを走らせ、川沿いにある芸術作品を観るイベントを「ヨコハマトリエンナーレ2017」の一環で行います。黄金町では様々な人がいろんなものを作っている。門前の小僧じゃないけど僕もインスパイアされていろいろ作りたくなるんです。

横浜市黄金町にて。

(文:青木千恵 撮影:秋山直子)

■書籍情報

『終電の神様』

実業之日本社 刊
価格/640円(税込)

<あらすじ>
父危篤の報せに病院へ急ぐ会社員、納期が迫ったITエンジニア、背後から痴漢の手が忍び寄る美人―それぞれの場所へ向かう人々を乗せた夜の満員電車が、事故で運転を見合わせる。この「運転停止」が彼らの人生にとって思いがけないターニングポイントになり、そして…あたたかな涙と希望が湧いてくる、感動のヒューマン・ミステリー。

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阿川大樹

1954年東京都生まれ。東京大学在学中に野田秀樹らと劇団「夢の遊眠社」を設立。企業のエンジニアを経て、シリコンバレーのベンチャー設立に参加。99年「天使の漂流」で第十六回サントリーミステリー大賞優秀作品賞受賞。2005年『覇権の標的』で第二回ダイヤモンド経済小説大賞優秀賞を受賞し、デビュー。主な著書に『D列車でいこう』『インバウンド』『黄金町パフィー通り』など。


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終電の神様

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D列車でいこう

D列車でいこう

MBA取得の才色兼備銀行ウーマン。町工場相手に良心的融資を実践する銀行支店長。鉄道マニアのリタイア官僚。廃線が決定したローカル鉄道を救うため、三人が株式会社ドリームトレインを興した。奇想天外、破天荒な方法で田舎町に旋風を巻き起こす、ロマンチック・ビジネス・ストーリー。

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