『漫画 君たちはどう生きるか』インタビュー。漫画家・羽賀翔一×編集者・鉄尾周一が、吉野源三郎の名著を蘇らせた理由

2017.12.11 (月) 11:48

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1937年の発行から80年もの間、名著として読み継がれてきた作品がある。雑誌「世界」の初代編集長、吉野源三郎さんによる『君たちはどう生きるか』。「コペル君」と呼ばれている男子中学生とそのおじさんとのやりとりから「いかに生きるべきか」を問い、それを考え続ける大切さを説いた物語だ。それを漫画化した『漫画 君たちはどう生きるか』(マガジンハウス 刊)は、発売から3カ月で70万部の大ヒットとなっている。

クラシックな名作が、今の時代になぜ漫画化されることになったのか。そして80年前の作品がなぜ今人気なのか。漫画化を企画したマガジンハウスの執行役員である鉄尾周一さんと、作画を担当した漫画家の羽賀翔一さんに語ってもらった。

左から、羽賀翔一さん、鉄尾周一さん

左から、羽賀翔一さん、鉄尾周一さん

今の時代にフィットした伝え方としての「漫画化」

――まず、鉄尾さんがこの原作と出会ったきっかけを教えてください。

鉄尾周一さん(以下、鉄尾):この原作を知ったのは、父がすすめてくれたからでした。僕が大学生のころで「たまにはいい本を読め」と渡されたんです。ただ、学生って素直じゃないものですよね(笑)。当時は、すばらしい本だということがわかりつつも、こんなにいい人ばっかりじゃないだろうと思ったりもするダメな自分がいたわけです。でも、本棚の奥にはいつもあって、なんとなく読み返すことがあって。歳を重ねるうちに、しみじみやっぱりいい本だなと思っていました。いつ読むかで感じ方が変わってくる本なんですよね。そうしたら池上彰さんや宮崎駿さんも、この本はすばらしいとお話しされてたりして、やっぱりそうだよな、と。

――それを漫画化しようと思ったのはどうしてでしょうか?

鉄尾周一さん

鉄尾周一さん

鉄尾:編集部で僕より20歳くらい年下の男性が、この本がすごく好きだと話していたんです。若い人もこういう本を読むのかと驚いていたら、今度は、また同じ年頃の女性の机にこの本が置いてあったんです。それも結構読み込んだ感じでした。聞いてみたらすばらしい本だと思う、と答えが返ってきて。それで思ったんですよね、自分の父もいい本だと思っていて、僕もそう思って、さらに下の世代にも響いている。世代を問わず通じるものがあるんだ、やっぱり名作だ、と実感したんです。ただ、僕らが読んでいた岩波文庫のものは旧仮名遣いで、文字も小さくて、正直ちょっと読みにくい感じがある。歴史的な名著ではあるんですが、今の時代にフィットしているかと考えるとどうなのかという疑問はありました。もし、読みやすい形で出すことができたら、今でもみなさんに支持していただけるんじゃないか、感動してくれる人がもっと増えるんじゃないかと思ったんです。

――漫画化するということは、より若い世代に向けてという気持ちがあったのですか?

鉄尾:例えば、昔はみんな手紙を書いていたけれど、それがファックスや電話になり、今ではそれすらしなくなってメールになりましたよね。「伝え方」というのは時代によってすごく変わってくるものだと思うんです。今の時代にフィットする伝え方が漫画ではないかということです。手紙がメールになったように、小説が漫画になってもいいんじゃないかな、と。

ただ、僕は、雑誌や書籍の編集の経験はありますが、漫画の編集に関しては不案内で。暗礁に乗り上げてしまって、悩んでいた時に会いに行ったのが、その資料に似顔絵が書いてある原田隆さんなんです。

――いただいた資料には、出版の経緯がイラスト入りで書かれていますが、これはどなたが描かれたんですか?

羽賀翔一さん(以下、羽賀):僕です。まさかこんなに取材に使われるとは思ってなくて、もうちょっとちゃんと書けばよかったと思ってるんですけど(笑)

上からふたつめは鉄尾さんの似顔絵、一番下が原田さんの似顔絵。そっくり!

上からふたつめは鉄尾さんの似顔絵、一番下が原田さんの似顔絵。そっくり!

鉄尾:似てるんですよね。原田さんは、講談社の名物編集者でとても気のいい人だったんです。顔も広くて漫画の編集にもくわしいので相談に行きました。そしたら「それ、めちゃくちゃいいじゃん、俺やろうかな」って言われて「いやいや、やめてよ」って冗談言い合ったりして。で、漫画家や作家のエージェント会社であるコルクの代表の佐渡島庸平さんを紹介してくれたんです。コルクには羽賀さんっていう漫画家さんがいて、この企画にぴったりだと思うよ、と。そのあと、羽賀さんの『ケシゴムライフ』という作品を見せてもらって、僕もぴったりだなと思ったんです。素朴で純粋なキャラクターが必要だと思っていたので、ぜひお願いしたい、と。そこから話がうまく転がっていった感じです。このあとは羽賀さんが話す番(笑)。

読者が自然に登場人物の感情に寄り添う流れを作る

――お二人、完璧なコンビネーションですね。では羽賀さん、続きをお願いします(笑)。

羽賀:はい(笑)。当時、コルクに所属していた編集の柿内芳文さんが担当してくださることになって。で、鉄尾さんと柿内さんと僕で、原作者の吉野源三郎さんの息子である源太郎さんにお会いしに行きました。源太郎さんは、漫画化しても売れないでしょうって言いながら、指示みたいなものは何もなくて、すごく自由に書かせてくださったんです。ありがたかったですね。

羽賀翔一さん

羽賀翔一さん

――原作にあるすべてのお話を漫画化されているわけではないですよね。取捨選択したり、設定を変えたりしたのは、どういう意図があったんですか?

羽賀:まず、漫画としておもしろくするにはどうしたらいいのかということをすごく考えました。ただ概要を伝えるための漫画ではいけない、と。どんどんページをめくりたくなるような、なおかつ、繰り返し読んでもらって、そのたびに発見があるという原作の魅力も漫画に盛り込みたいと思ったんです。この本は教養的なことを伝える内容ではあるんですが、僕の役割は、読者がキャラクターに寄り添えるようにすること。読者が共感したり、感情を追えるように描きたいと思っていたので、ガンダーラの章(原作9章『水仙の芽とガンダーラの仏像』)はごっそり削りました。ここにはコペル君とおじさんの心の動きが入らないと思ったので。

――この章は特に教養的というか、啓蒙的な要素が強いと?

羽賀:そうです。ここも漫画に組み込むと、サビが終わってエンディングが流れ出したのに、あれ、今までと違う楽器が鳴り出したぞ、みたいな感じになってしまうかなと思いました。読後感というか、心の残り方が変わってしまうのではないか、と。「凱旋」(原作8章)の後は1章飛ばして「春の朝」(原作10章)にいったほうが、登場人物の感情の波が読者にうまく伝わるだろうと思ったんです。すっと気持ちよく終われるというか。

あとは、登場人物を絞ったのも原作と違います。ここを描けば抑えられるという人だけにして、あくまでもコペル君とおじさんをメインにして。

――それはとても大変な作業のように感じます。

羽賀:うーん、削るよりも、原作にない部分を足すことの方が難しかったですね。原作にない場面で、なおかつ、原作の世界観を壊さない演出や表現を考える方が大変でした。例えば、おじさんを編集者という設定に変えたんですが、これは著者の吉野源三郎さんの背景をモチーフにしながら描くことで、違和感なくまとめられるようにしていきました。原作にある強さは壊さないように、と。

80年間読み継がれた名著が持つ強さを受け継ぐ漫画に

――原作にある強さとはどういうものだと思いますか?

羽賀:最初に鉄尾さんが言われていましたが、読む年齢によって発見が違うことだと思います。僕はコペル君の立場として読みましたが、だんだん年齢が上がるとおじさんの立場になると思うんです。それは読者も同じではないでしょうか。おじさんに共感する人もいれば、コペル君のお母さんに自分を照らし合わせる人もいる。どんな時代に読んでも、どの世代にとっても、親近感がある物語なんです。いろんな人の記憶につながっているエピソードが入っている。例えば、いじめられていた浦川君を救えなかったコペル君の経験のようなものって、僕にもありますし、誰にでも似たようなことはあるはずなんです。誰かの記憶の引き出しみたいなものを開けて、考えさせる。それがこの本の強さであり、魅力なのかなと思います。

――鉄尾さんはどうでしょうか?

鉄尾:僕もそう思います。どんな世代にも共感する部分があるんでしょうね。実際、読者の方からのお手紙がたくさん届いているんですが、最初は50〜60代の方が多くて、その後、若い世代の方が増えました。50〜60代は、原作を読んでいた方や、原作の存在を知っていた方のようですね。息子や娘に読ませたい、最近は親に読ませたいという感想もありました。特長的なのが、感想の手紙を送ってくださるなかで(学校の)先生が多いということ。卒業する生徒にプレゼントしました、とか、原作は難しいからこの漫画は生徒にちょうどいいです、とか。小、中、高それぞれの先生からお便りをいただいています。大学の生協でも売れているらしいですよ。

日々すごい数のお便りが届いている。

日々すごい数のお便りが届いている。

羽賀:サイン会でも「一冊持っているけどもう一冊プレゼント用に買いました」と言ってくださる方が多いんです。一人当たりの購入数は多いのかもしれませんね。皆さんもプレゼントにいかがでしょうか(笑)

鉄尾:そうですね、ぜひ(笑)!

――営業もばっちりお二人でこなされてますね(笑)。世代を問わず誰もが読んで考えられる本というのは、なかなかないのではないでしょうか。

鉄尾:みんながコペル君やおじさんの立場になれるのは、羽賀さんがそれぞれの視点を大事に書いてくださったからなんです。原作だと、おじさんは啓蒙的な要素がもう少し強いんですよ。でも、漫画では、おじさんもコペル君も同じレベルで物事を見ている。だからいろんな世代の方が、同じ目線で読めているのだと思います。

  

――羽賀さんは啓蒙的な部分を身近な要素にしようと意識されたんですか?

羽賀:すごく意識しました。漫画にすると、原作よりも強調されてしまうことってあるものなんです。なんとなく説教っぽいなと思っていたことが、すごく説教臭くなってしまう。そうなると台無しですよね。ただでさえタイトルが強いので。僕は、コペル君はもちろんですが、おじさん自身に親近感が持てるようにしたかった。おじさんのことを好きになってくれなかったら、おじさんからのノートの部分は読んでもらえないと思ったんです。

あえてテキストの部分を残し、考えてもらうきっかけに

――ノートの部分というは、原作も漫画も文字で伝えている部分ですね。おじさんからコペル君への手紙として存在していますが、これを漫画にしようという考えはなかったんですか?

鉄尾:テキストのままにするか、漫画にするかは迷ったんですよ。漫画にした方が自然かもしれませんが、そうするとボリュームが増えて1冊におさまらなくなってしまう。それに漫画にすると、引っかかりなく、すーっと読んで終わる人もいるかもしれないとも思いました。なので、あえてテキストにして、ちょっとだけハードルをあげることで、考えるきっかけになればいいな、と。とはいえ、読みたくなかったら読まなくてもいいんですよ(笑)。実際、テキストの部分は飛ばしましたっていう人もいますから。でも、読みたくなったらまたおじさんノートのページを開いてほしいですね。

テキストのページの斬新なデザインは、羽賀さんの名刺のデザインから着想を得たのだとか。

テキストのページの斬新なデザインは、羽賀さんの名刺のデザインから着想を得たのだとか。

羽賀:読みたくなったら読んで、考えてもらえたらいいなと思います。この本は、即効性があるわけではないと思うんですよね。読んで考えて、また読んで、と繰り返す感じがします。物事に対する答えが書いているわけではないですから。

鉄尾:基本的に自分で考えろということが書いてあるんです。それをさまざまなバージョンで見せている。実際、著者のご子息である源太郎さんも「親父は『自分で考えろ』ってよく言ってました」とおっしゃってましたね。

――なるほど。そうやってできあがった漫画が、95万部を突破したということは、お二人の思いが伝わったということではないでしょうか。

鉄尾:書籍はできるだけ多くの人に仲間になってもらうことが大切なんです。おもしろいと思ってくれる人をできるだけたくさん集めて、世代もセクシャリティも広げていくと、ベストセラーになる。いろんな世代の人がそれぞれの読み方ができる本、ということが大切なのかもしれません。

――先ほど、鉄尾さんが原作についてずっと本棚にある存在だったとおっしゃっていましたが、お二人それぞれ、ずっと大切に読まれている本を教えてください。

鉄尾:いやー、なんでしょうね。うーん。

羽賀:こういうタイプの本だと、僕の場合は立花隆さんの『二十歳のころ』や夏目漱石の『私の個人主義』を読んできました。自分にとってのメンターのような存在の本ですね。

鉄尾:とりあえず、漫画だけでなく、新装版『君たちはどう生きるか』が読みやすいのでおすすめです。あと、美女入門(鉄尾さんが編集に携わった林真理子さんの名シリーズ)なんていいですよ(笑)。


名著としてたくさんの人に愛されてきた作品を漫画化することは、編集者にとっても漫画家にとってもプレッシャーがあったはずだ。実際、羽賀さんは、原作に登場する唯一の具体的な場所である湯島に引っ越してまで、この作品に取り組んだという。原作のすばらしさを伝えたい、たくさんの人に知ってもらいたいという思いがあってこそだろう。二人のやりとりからは、原作への熱意はもちろん、思いを共にしたチームとしての一体感が伝わってくる。おじさんとコペル君のよう、と言ったら鉄尾さんは嫌がって笑っていたが、この一体感が、原作の良さを伝えられる漫画を生み出したのだろう。

(インタビュー・文:晴山香織)

■書籍情報

『漫画 君たちはどう生きるか』

原作:吉野源三郎、漫画:羽賀翔一、マガジンハウス 刊

<あらすじ>
勇気、いじめ、貧困、格差、教養……昔も今も変わらない人生のテーマに真摯に向き合う主人公のコペル君と叔父さん。二人の姿勢には、生き方の指針となる言葉が 数多く示されている。世代、時代を超えて読み継がれてきた名著。

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羽賀翔一(はが・しょういち)

漫画家。2010年、『インチキ君』で第27回MANGA OPEN 奨励賞受賞。2011年に『ケシゴムライフ』をモーニングで短期集中連載し、2014年に単行本発売。近刊に『昼間のパパは光ってる』がある。

Twitter

鉄尾周一(てつお・しゅういち)

マガジンハウス執行役員。1999年『an・an』編集長、2008年書籍編集部編集長、2013年書籍編集局局長に。林真理子美女入門シリーズ』や村上春樹村上ラヂオ』などの編集に携わる。


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