小林カツ代に栗原はるみ、料理研究家を通して見えてくる現代日本のカタチとは? 阿古真理氏トークイベント

2015.7.1 (水) 11:18

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作家・生活史研究家の阿古真理氏が、昭和から現代にかけての料理研究家たちを分析した書籍『小林カツ代と栗原はるみ―料理研究家とその時代―』(新潮社)が発売された。2015年6月10日、それを記念してのトークイベントが代官山 蔦屋書店にて開催。

聞き手は、女性誌編集長を務めた経験を持つ、代官山 蔦屋書店の料理コンシェルジュ・勝屋なつみ氏。飯田深雪土井勝辰巳芳子有元葉子高山なおみケンタロウコウケンテツ……。料理研究家を通して、時代の雰囲気や、女性の生き方の変遷、ひいては現代日本の姿が浮かび上がらせた本著。革命的時短料理で「働く女性の味方」となった小林カツ代、多彩なレシピで「主婦のカリスマ」となった栗原はるみ。イベントでは、この二人を中心に料理研究家とその時代を巡るトークが繰り広げられた。


なぜ、「小林カツ代」と「栗原はるみ」なのか?

阿古真理 氏

勝屋なつみ氏(以下、勝屋):今回、こちらの本を出すに至った経緯を教えてください。

阿古真理氏(以下、阿古):昭和の洋食、平成のカフェ飯 家庭料理の80年』(筑摩書房)を読んでくださった編集者さんが「料理研究家の本を出しませんか?」と言ってくださったのがきっかけです。料理研究家については前の本でも取り上げていますが、私自身は“料理研究家の誰それさんのファン”だとか“レシピ本をたくさん買って……”というほどもなかったので、かえって客観的に見ることができるだろう、また、そんな私でも耳にするような有名な人たちは時代が求めていたところがあったに違いないということで、料理研究家とその時代について掘り下げることにしました。その過程で、浮かび上がってきた家庭料理と女性の世界があった、という感じです。

勝屋:小林カツ代さんと栗原はるみさん、特にこの二人にスポットライトを当てた理由は?

阿古:カツ代さんに関しては1980年代、テレビに出演したことがきっかけで有名になり、一躍時代の寵児となりました。病に倒れられる2005年までテレビにも頻繁に出演されていて、テレビをつけたら小林カツ代さんがしゃべっているというような感じ。栗原はるみさんは、92年に『ごちそうさまが、ききたくて。―家族の好きないつものごはん140選』(文化出版局)という本が爆発的に売れて、今もロングセラーとなっています。90年代を通じて有名になり、いち早く『AERA』(朝日新聞出版)の「現代の肖像」で取り上げられるなど、まったく料理をしない人でも“栗原はるみ”という名前は知っているという方になりました。それぞれ20年は第一線で活躍し続けたお二人なので、取り上げるにふさわしいと思いました。

勝屋:全く対照的な二人ですね。カツ代さんの時代は、女性たちがやっと家から出て、自分の足で歩き始めた頃。女性が自立して仕事ができるようにと、カツ代さんは、簡単だけれどもおいしく食べられる“手抜き”料理を提供しました。一方、栗原さんが登場した時代は、女性たちは働くよりも専業主婦のほうがいいんじゃないかと思い始めた。栗原さんの料理は、女性が仕事をするための簡単なレシピではなく、家族を喜ばせるための、あの手この手を教えてくれたんです。


小林カツ代と働く女性。そして、フェミニズム

阿古:小林カツ代さんは、大胆にプロセスを省略してもおいしい料理ができるということを紹介しましたが、それが時代の波に乗ったのは、働く女性が増えたという背景も影響しています。60~70年代の高度成長期の頃は、子供ができたら家庭に戻るっていう人が多かった。ですが、オイルショック後の不況や、ウーマンリブの影響でフェミニズム運動が盛り上がって女性の自立意識が芽生えて……という社会的な流れもあり、子供ができても働き続けるという女性が増えていきました。

勝屋:あの頃は、一般の方が自分のことを語りだす時代でしたね。そんななか、料理をする際、“手を抜くこと”が良いことか悪いことかという論議はどの時代にも必ずあるものの、カツ代さんはおいしくて簡単な料理を教えてくれました。カツ代さんは、働く女たち、自立しようと頑張っている女性たちにエールを送ったんです。


主婦と仕事の板挟み? 栗原はるみが時代にウケた理由

阿古:80年代、男女雇用機会均等法が施行されて、総合職を選んでキャリアを指向する女性たちが増えてくる。それでも、男性社会の壁は非常に厚く、子育てと仕事、どちらかを選ばなければならないという状況のジレンマにかなり多くの人が直面する。そこで、“主婦”が再認識されてくるんです。だけど90年代には、共働き家庭が専業主婦家庭を上回り、現実的にも働かざるを得ないし、働くことは当たり前になって、主婦をしている女性は自分の生き方を否定されたような気持ちになってしまう。そんななか、栗原はるみさんが「私は主婦です。家のことは全部やって、仕事もします」と彗星のごとく登場します。その頃、働く女性は「仕事の前に子供の弁当を必ずつくり、品数もそろえた料理をつくった上でなら働いても良いよ」という立場だったんですが、それを栗原さんは完璧にやってみせた。

勝屋:この頃は、仕事と家庭との板挟みでみんな疲れていました。というのも、皆さんその両方を手に入れて“幸せ”になりたかったんだと思うんですね。その“幸せ”という甘いふんわりとした言葉の象徴が栗原さんだったのだと思います。彼女は、「主婦って素敵」という切り口のレシピ本『ごちそうさまが聞きたくて』で一世を風靡し、それまでの女性たちが頑張って“自立”に向かっていた気持ちを逆転させました。あれだけ成功を収めていても、あくまでも“主婦は素敵”という立場から発言されています。

阿古:栗原さんの登場が変えたことのひとつに、色んな素材を細かく使ったり、色んな調味料を使ったり、非常にバリエーションのある料理を提案したことが挙げられますが、それらの料理や商品には栗原さんのストーリーが付与されていて、みんながそのストーリーに憧れました。彼女のライフスタイルから髪型までを真似する“ハルラー”なんて人たちが現れたり……。そういう面でも、彼女は画期的な存在だったと思います。


料理研究家プロフィールの変容に見る現代日本

勝屋:そんな流れがあって現在はどうなっているっているのでしょうか? 今は、専業主婦を望んでも、いろんな意味で、女性は仕事をせざるを得ず、家事や育児などやはり女性に負担がきてしまう時代です。その中での毎日の料理というのが、今は見えないように思います。中食やクックパッドで済ませてしまい、食に重きを置く時間的余裕がないというか……。著書では、ケンタロウさん、栗原心平さん、コウケンテツさんなど“今活躍している料理家は、だいたい男性の2世”と挙げられていますが。

阿古:その時代を表現している人という切り口で考えたときに、やはり男性の二世の存在っていうのは非常に大きいと思いますね。

勝屋:彼らのほかに、いま注目すべき料理家はいますか?

阿古:まず、高山なおみさんは大きな存在です。彼女はエスニックから和食、ルーを使うカレーまで提案できる非常に柔軟なアーティスト。その後に続く世代では、細川亜衣さんがスローフード的な食材をどのように生かすかをとことん突き詰めた非常にシンプルな料理を。こちらは、上級者もしくマニアの方にぜひ挑戦してほしいところです。いま気になっているのは、洋食から和食、今風の提案を取り入れながら定番の料理をきちっと出しておられる飛田和緒さんでしょうか。

勝屋:今挙げられた料理家から、どのような時代が見えてきますか?

阿古:料理家のプロフィールが、すでに時代を反映していると思います。かつて料理研究家は、江上トミさん、飯田深雪さんに代表されるようにセレブリティでお金持ちの奥様がなるものだった。それが働く女性になって、さらにシングルだったり再婚だったり、男性が入ってきたり……。非常にバラエティー豊かになって、それぞれの出自や経験が料理に反映されています。

勝屋:そのなかでも、特に今の時代を象徴するような人はいますか?

阿古:いないですね。プロフィールがあまりにも多様になっているというのがある意味、迷走した時代を反映しているかもしれません。それでも最近は、料理を一から教えてくれるような本もまた出てきて、迷走の時代から原点回帰でもう一度見直すという時代に入っているのかな、なんて気もしています。


トークイベントでは、小林カツ代さんや栗原はるみさんのほかに、さまざまな料理研究家の名前が挙げられたが、そのひとりひとりが時代を映す鏡として登場するのが興味深かった。日々の生活に欠かすことのできない「料理」だから、時代の雰囲気を背負うのは当然のことなのだろうか。今後、レシピ本を見る視点が少し変わりそうだ。

(文:岸田祐佳)

【プロフィール】
阿古真理(あこ まり)

1968(昭和43)年兵庫県生まれ。作家・生活史研究家。著書に『ルポ「まる子世代」』(集英社新書)、『昭和育ちのおいしい記憶』(筑摩書房)、『「和食」って何?』(筑摩書房)などがある。


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小林カツ代と栗原はるみ

小林カツ代と栗原はるみ

テレビや雑誌などでレシピを紹介し、家庭の食卓をリードしてきた料理研究家たち。彼女・彼らの歴史は、そのまま日本人の暮らしの現代史である。その革命的時短料理で「働く女性の味方」となった小林カツ代、多彩なレシピで「主婦のカリスマ」となった栗原はるみ、さらに土井勝、辰巳芳子、高山なおみ…。百花繚乱の料理研究家を分析すれば、家庭料理や女性の生き方の変遷が見えてくる。本邦初の料理研究家論。

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