片山右京氏がF1と山から学んだ強さとは/3rd Anniversary 「WE RESPECT...」

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代官山 蔦屋書店は3rd Anniversary 「WE RESPECT...」と題し、同書店の各コーナーにまつわる著名人のトークショーが開催された。11月29日は、クルマ・バイクコーナーのゲストとして、元F1ドライバー、片山右京氏のトークショーが行われ、50名以上が参加。CCC カーライフ研究所所長 堀江史朗氏の進行のもと、右京氏が強さをテーマに、モータースポーツの世界に入ったきっかけや、山から見えてきた人生観を語った。


強さを求めてモータースポーツへ~

世界で一番になると決めた高校1年の危険な夏休み

―FJの時、筑波でガンガンやってらっしゃったのって、二十歳ぐらいでしたよね?

「18ですね。そこから19、20と」

―今の感覚からいくと、モータースポーツとしては比較的遅咲きかなという感じがしますが。

「僕たちの頃は、その歳でレースができるっていうこと自体が、たぶん本当に夢のようなこと。自分で飛び込んでやらせてもらって。僕は16歳で二輪免許を取ったんです。もう時効ですが、あるところで最高速度を出した時、おれはレーサーになって絶対に世界で一番になるって決めたんです。僕はこの時期を“高校1年の危険な夏休み”って呼んでいて。何か琴線に触れると、鳥肌が立ったり涙が出たりするでしょう。僕はオートバイの経験が心に刺さったのです。高校の先生にF1ドライバーになると宣言したのもこの時期ですね」

『俺って天才』 と思ったレースデビュー

―筑波サーキットにずっといらっしゃいましたよね。

「レースを始めたんですが、とにかくお金がなかった。交通費がないから筑波サーキットのすぐそばに住んで、技術も教えてもらえるからサーキットの前のショップで働いて。いつかは絶対にはい上がって見返してやると思っていました」

―FJ1戦でポンポンポンと、いい感じで勝っていましたよね。それでもっと先の話で、フランスに行かれた時、比較的無鉄砲だったという話が大変有名なのですが。

「世界1位になるにはヨーロッパへ行かなければいけないと考えて。フランスに渡りました。デビュー戦でポールポジションを取って、初めて走った日にそのサーキットのコースレコードにほぼ近いタイムも出しました。当時はフランス語も出来なかったのですが、学校に通ったり、彼女ができたりでだんだん覚えて。でも、借金はどんどん増えて、22歳で日本へ帰ってきたときには、7,000万もありました」


シューマッハとの思い出

「日本へ戻って、借金がすごいのでレースはやめようかと考えたんですが、応援してくれる人に会って。レースを続けることにしたんです。F3000でチャンピオンを獲って、ラルースからF1ドライバーとして参戦して。その後ティレル、ミナルディの計3チームで戦いました。最初は、セナとかプロストたちのサインが欲しくてワクワクしていたんです。でも実際に仕事として現場に入ると、そんなこと言っている場合じゃない。レースが好きで、恰好良いからと思って走っていても仕事なので、時には風邪をひいて走りたくない時でも走らなくてはいけない。そんな矛盾を抱えていた時期でもあります。そうはいっても、やはりF1っていうのは自分の人生で最高のステージで青春だった。そこでたくさんの友だちもできました」


―F1のパイロットたち、みなさん仲良くされていますけど、どの選手が好きでしたか?

「一番仲が良かったのはミハエル・シューマッハですね。僕が引退を発表した時には、すぐに来てくれて、『何言ってんの?まだできるじゃないか』と言ってくれたり、一緒にトレーニングもしました。でもはっきり彼には、『お前といるとコンプレックスを感じるんだ』って言っています。ある時ミハエルに、『お前、なんでF1乗るの』って聞いことがあるんです。そうしたら、スパゲティをほお張りながら、『うん? 仕事だから』って。嫌なやつでしょう。でも、今はスキー事故から復活するために、一生懸命がんばってるから許すけど。F1を降りた後、なんで山に登ったかというと、ワールドチャンピオンを7回も獲ったやつに対して、エベレストの頂上からあいつの携帯に電話して、『やーい、お前の立っているところよりな、おれのほうが高いところにいるんだよ』って言うためだけに登ったんです」

F1を辞めたとき

―ミナルディを降りる時、どうでしたか?

「1995年以降、ベネトンに移っていたらよかったかなと考えたこともありましたが後悔はしていません。ミナルディを辞める時に、スタッフで残ってくれと話があって、それに対する報酬がとても良かったんですね。そこで初めて自分は仕事で認めてもらえたと感じたんです。そうすると、憑き物が肩からみんな落ちちゃって、もうF1には未練が無くなっちゃった。でも、コンプレックスだけは消えなかった。朝起きて毎日顔を洗う時に、自分にしか見えない“負け”という文字がおでこに書いてあるんです。まるでキン肉マンの“肉”みたいに。もう一生お前はね、負け犬なんだよ。世界で一番にはなれなかったんだよ。そこまでの人間なんだよって。もうそんな十字架に縛られなくてもいいんじゃないかとも思うんですけど、消えないんですよね」

“強さ”とはなんだろう

2002年、エベレストにて

―今はレースのチーム監督などをこなしながら、登山家として山に登っていらっしゃいますね。

「いくつになってもコンプレックスが消えなくて、それで登っているんです。実際にそこから見えたものは、何千年も変わらなかったものが、海面温度が2度上昇したり、ゲリラ豪雨があったりなどの環境変化でした。そしてその要因の一つにクルマがあった。僕の中でF1ドライバーだったことは、唯一恰好良いプライドたったんです。子どもたちには、お父ちゃんはな、お前らのノートとか鉛筆はF1で稼いでんだと言っていたのに、あれ、クルマって悪いことがちょっとある?って初めて考え始めました。

あと僕は弱い人間なんで、(考えが)ぶれちゃう。しかし、山は修行の場所でもある。そこで“強い”ってなんだろうって考えると、例えば、若いころは見返してやるといった価値観を持っていて、お金や、力、ケンカが強さの象徴だった。そこから年齢を重ねるにしたがい、本当に強いっていうのは、疲れていても、熱があっても、腹が減っていても、やっぱりお金が無くても、いつでもどこでもどんな時も絶対にぶれずに“人に優しいこと”や、ちゃんと会話をして、正しいジャッジメントができること。それが強さだと気付いたんです。

50歳を過ぎて今思うのは、人を恨んで出すエネルギーは強いけれども、それよりももっともっと大きな温かいエネルギーが必要とされているということです。そして、自分がこれまで沢山遠回りをして勉強してきたことを伝える作業が、実は人間が人間でいる理由なんだろうと、山で感じることができたんです。だから、僕は自分のことを登山家ですって言っている。僕は登り続けます」


自分はコンプレックスの塊だと強調する片山右京氏。そのコンプレックスを見つめ、そこからエネルギーを紡ぎだす。“強さ”は“どんなときにもぶれない優しさ”だ。レースや山で大切な友人を亡くし、どん底から這い上がった右京氏は人の痛み、弱さを全て自分の体に刻み込んだうえで、時に厳しい発言もする。それは全て彼の内面から溢れる“ぶれない優しさ”の表れなのだ。

(文:内田俊一)


◆コラム「片山右京氏の原点となる映画は?」

余談ながら初めて自分のお金で観た映画をたずねると、小学5年生のころ観たブルース・リー主演の『ドラゴンへの道』。「強い者に憧れて、自分も強くなりたいと毎日6パックを目指して腹筋をしましたしヌンチャクも練習しました。いまでも特技で、もしかしたらF1より上手いかもしれない」と笑う。ここから右京氏が強さを求める人生を歩み始めたことを感じさせるエピソードだ。



片山右京(かたやま・うきょう)

1963年東京都生まれ。父親の影響で幼少の頃より登山に親しむ。1983年レースデビューし、シリーズチャンピオンを獲得。1992年から1997年までF1全戦にエントリー。同時にモンブランなどの登頂に成功。F1引退後も登山や、Team Ukyoのチーム監督として活躍する一方、チャレンジスクールを開校し、「F1・登山・自転車」など、様々な挑戦を続ける中で感じたスピリットを、未来を担う子どもたちに伝えていく活動も行っている。

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アーティスト情報

片山右京

生年月日1963年5月29日(54歳)
星座ふたご座
出生地神奈川県相模原市

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